ある男と,・・ ある男年齢は16、 7 彼は電車で毎目通学している。 彼は独自の思想を持ち、そしてそれを基に生活をしていた。 また、彼の心にもう一つの人格があった。それは彼の理想をかき集めて出来上がった偶 像が自我を持った者である。つまるところ彼の煩悩の塊である。 彼はそれを愛し、自己陶酔に浸っていた。 ある時彼はいつもどおりに電車に乗っていた。 何の縁起だろうか、彼の目に彼の欲求、つまり偶像として満たしきれる女性が写った。 彼は妄想した。これは自分のなかにある偶像の生き写しではないだろうか。それなら彼 女も私に気があるのではないか。また自分のことを想っているのではないだろうか・・・ いつしか彼は、その女性に合わせて電車に乗るようになっていた。 制服から見て自分より高いレベルの学校だと判っていたが、彼の頭中には女性の素性の 事しかなかった。  しかし、彼は女性に話しかけることが出来なかった。 一つ。途中から彼女の友達が乗って来る。 一つ。言葉に行き詰まったら。 一つ。嫌われたらどうしよう。 彼自身そんなに男前ではない。 それでも彼はその女性が外見で人を判断しないものと信じ込ませる。 たまに女性が横に座っても逃げがちになってしまい、うつむたまま口は閉ざされたまま。 又一方、自分にその女性がたまたま同じ電車になっただけで自分には何の興味を持って 1、ないのだと言い聞かせた。 彼は次第に女性の事を忘れようとしていた。 そんな矢先彼女は他界した。 雑踏のなかでの事故だった。 彼女の血は赤かった。その赤は今まで彼が見たことのない赤だった。自分の血より、他 大のより、少なくとも彼にはそう見えたに違いない。 彼女の友人が彼にこう訃った。彼女が彼を好きだったと。 彼は悟った。自分の心が彼女から離れたことが原因だと。 93/6/25