蓬  燭台の火が消えてゆく  一一一抱いて一一  私の頭を蘇生した言葉が泳ぐ。 −一光を下さい一一  問を流れた陰湿な空気が部屋に立ち込める。  頭を鋭い風がかすめた。  冷たく鋭い風が蝕んでゆく。  空気は次第に凍ってゆく。  唇が乾いて痛い。唇がくっつき開かない。 一一静かに見つめて一一 一一温かくしてあげる−一  雪女の誘いか、私を至らしめる罠か、  頭に蘇生した言葉はハッキリと認識できるようになった。  眠たくはない。遊ばれているのか、  流れのない風に晒されている。  戸は固く閉ざされている。 ・・・誰も私を助けてくれないのだろうか、  意識のあるまま、苦しみながら死んでゆかなければならないのだろうか。 一一今なら助けてあげられる一一  その音はずっと頭に風溜まりのように残る。  思い出せない、その音が何か、  風が再び流れだした。  頭が痛い。  私は頭を抱え、床に向かって崩れていった.  辺りが白く霞れて見えない。  ここは私の書斎のはず、  窓のある方から、 ドアのある方から音がする。 一一開けて一一 一一私を一一 一一入れて一一 体が動かない、足が凍りつし、て絨毯から離れない。 一一寂しい、一人にしないで一一  遥か速くの方から、古い音がする。 壊かしい音。鼓腹を優しく揺らしてくれる音。 今までの冷たさが嘘のように消えてゆく。 目が見えだした。 しかし、そこは書斎ではなく、ただ、広く拡がる草原の中。 蓬だろうか、腹のくらいまで生い茂っている。 蓬の波が私をかすめて流れてゆく。 一歩一歩歩くたびに蓬が折れ倒れてゆく。 不意に振り返ると、足で踏みにじられたはずの蓬が元の波を描いていた。 ズボンに蓬の汁が染みてきた。 その香りが鼻を緩ます。 その中にあって一際背の高い株があった。 わたしはそれを抜こうとカを入れた。 蓬は根から抜けず、茎が千切れてしまった。 −−痛い−− またあの音が聞こえる 強い風が吹き抜ける。 蓬達が一斉に音を立てる。 −−痛い一一 一一痛い一一 一一痛い一一 草原が鳴いている。 私はその蓬に謝った。  「済まない、君達を傷つけてしまった。許してくれ。」 また風が吹き草々が鳴いた。 −一貴方なら、許す一一  一一貴方なら、許せる一一 私は出来るだけ彼らを傷つけないように丘のうえに上がった。 ここはどこか分からない。 彼らは私に話しかけてくれた。 彼らは優しく私を迎え入れてくれた。 何処か懐かしい気分だ。 上空を細い雲が足早に歩いてゆく。 この丘が海原を行く船のように、彼らは沸き立っている。 私は彼らのなかに再び泳ぎにいった。 空は紅く変わっていった。  鳥が騒ぎだした。 −一来る一一 一株がそう言った。 −一来る一一一一来る一寒い一一 一寒い一 一寒い一 一斉に彼らが騒ぐ。 強い風が吹き抜ける。 草原の東のほうから株子が変わってくる。 −一寒い一一 一一寒い一一 一一終わる一一 端のほうから徐々に色が責金色に変わってゆく。 −一水一一 一一光一一 一一水一一 一一水一一 −−乾く一一 彼らは皆悲鳴白をあげる。 −一さようなら一一        木枯らし 突風が草原を嘗めてゆく。 大勢の悲鳴と共に、東のほうから宙に舞い上がってゆく。 彼らが造りだす壁が近づいてくる。  目の前の一株が舞ったとき、彼を掴んだ。 壁は一気に西の端へ届き、音を出さずに消えていった。 −一さようなら一一 一一もう冬一一 一一寂しい一一 一一独りにしないで一一 手のなかの彼はそう鳴くと、崩壊していった。 荒野に独り、私は残された。 風が再び凍る。 体が動かない。 痛む・・・ 彼と同じように、私は崩れていった。 しばらく意識は無かった。 気がついたとき、私は書斎にいた。 脳裏に、幼いころの思い出が浮かぶ。 蓬の茂る草東原で遊んだことを、 机の上には蝋燭がまだ灯っていた。 用意していた遺書と、薬瓶を暖炉に投げこんだ。 何故だか服が青臭いような気がした。