西暦換算3491年冬 この家が出来てもう3年、まだあのときリーヤは・・・ 私の名はラク・ソスチ 9年前の、カラム工場での爆発事故で、鉱山で働いていた私はその日暮らしが続いた。 1年ほどして、ローニストにある親戚の店を譲り受け香料店を開いた。 うまく店も軌道に乗り、セヴェルのこの農地も買った。その頃からこの丘に通いだした。 香料店を営みはじめて1年後、私はリーヤに出逢った。 それは雨の日、私の店の軒先に誰かと待ち合わせをしている彼女がいた。 何故か分からないが、何故かそうしたかった。 私は彼女に声をかけた。 「よかったら店の中に入りなさい。いまの時期の雨は体に悪い。」 別に口説くつもりはなかった。いままで孤独と戦友しか友が居なかったせいだろうか。 独身を貫こうとしていた私が、彼女に惚れてしまった。 彼女が「せっかくですが・・」と断ろうとしたとき目が合った。次の言葉が出なかった。 「あ、いえなんでもないですっ」そう彼女が大人気ない表情で話を切ったのを覚えている。 「人を待たれているのですね。」「つまらないことを聞いて申し訳ない。」 「いいのよ。別に。」 結局彼女は店には入らず、しばらく軒下で待っていた。 すこしして、陳列の補充から戻ったときには、すでに彼女の姿はなかった。 それから二週間くらい経ったまた雨の日。 私は得意先の厨房に香草を配達していた。 リーヤは雨の染みたレインコートを着て、バス停のベンチに佇んでいた−−− 「あ。またお会いしましたね。」 「あなたは?・・・あ」すこしため息を混ぜた返答だった。 「愛されているのですね。よければ私の香料店も愛していただけたら嬉しいのですが。」 「面白い人ね。」「今度香草が必要になったときお邪魔しますね。」 社交辞令としての返事だった。 私も苦笑しながらそそくさとその場から消えた。 次の日、雨はいつまでも降り続けていた。 夕方、閉店の仕度をしようとしたとき、彼女が再び香料店の軒下に。 また、声をかけようとしたが、明らかに失恋した雰囲気を発していた。 言葉を発することをためらった。 「こんばんわ。」彼女のほうから声を掛けてきた。 やはり消沈した涙声交じりの声だった。 レインコートは雨が染みきっていてた。 「風邪引くよ・・・・」肩に手を掛け、コートを脱がした。 慰めの言葉も出ないし、彼女を奪おうと画策する自分への嫌悪が私を硬直させた。 彼女は私の襟元を両手で強く掴み、感情を抑えようと震えていた。。 「ごめんなさい。」「私、・・・はっ」 ぎゅっと。彼女を抱え込むように抱きしめた。ただ無言で。 自分の行動への嫌悪をかみ締めながら。 「ありがとう・・・」涙なのか、すこし暖かい雫の弾ける飛沫を感じた。 彼女と共に過ごし、そして結ばれた。 1年後店を親戚に返し、ローニストを離れてセヴェルのこの丘に家を建てた。 ・・・中略 しかし、二人の生活は長く続かなかった。リーヤの胸に、腫瘍が出来ているのに気づいた。 医者は良性だからまた半年後に診察に来るように言ったが、しかし、そのときそれは もう手の施しようのない状態に悪化していて、当面持ちこたえるには乳房切除しかなかった。 だが、その後転移も確認され、もはや残された道はなかった。 「ごめんね。子供が生めなくて・・・約束したけど無理ね。この体も何日もつか、、」 「もっと早く気づいていれば!」硬く締めた拳を震わせていた。 「あなたには、なんの落ち-」 「いや、オレの・・オレの。」 そのとき、すべての灯が消えたように、ぽつんと暗闇に放り出されたように・・ 目指すべき光の一筋さえ見つけ出すことが出来なかった。 「ここで死ねて嬉しい。」「この家、あなたの腕の中、そしてこの平原で。」 「・・・どうしてだい?」鼻の奥が熱い。そんな声で尋ねた。 「マルトールおじさんから聞いた、昔から語り継がれてる平原の噂。」 「何人(なんぴと)も、ここにあればすべての恐怖を沈められる。」 「死への恐怖も・・・、それにあなたが見てくれているからこの上なく、嬉しいの。」 「俺は、俺は・・・」 それは彼女への愛(お)しみと、向かい合った現実の理解を拒絶するための自責であった。 ずっと泣き続けた。あの戦いでは友の死にも、涙を流さなかったのに。 このラク・ソスチが泣いていた。 3ヵ月後、リーヤは息を引き取った。雪解けの、日差しの中、静かに・・・安らかに。 集団墓地には預けず、この丘の欅のそばにリーヤの墓を作った。 片時もリーヤとは離れたくなかったから。 原作:1992/8/30 補修:1992/12/18 清書:1993/8/9 編集:2005/12/24 ※注 リーヤ・ボロナロシャ Leya Voronarosha 生:3458/03/16 没:3490/春 ロゼエカ・マルトール Rozeka Martool 生:3423/??/??(未設定) 没:????/??/??(未設定) カラム Kalam カラム鉱山の労働者街として発展した町。 カラム鉱山鉄道の起点にあり、ローニストとオランジスタンクとの中間点にあたる。 ローニスト Low(v)nist 工業の集中する都市。 湾岸から内陸に200km内陸にある。