息子の・・・ ある老人、年齢は78〜85くらい 初夏のある目 その老人は一人普通電車に乗っていた。 彼はある駅で降りようとする。 しかし、荷物が床に落ちてしまう。  その荷物を十八歳くらいの男が拾い上げる。 ・・・しかし発車ベルが鳴る。  その若い男はドアとホームの間に立ち、老人が出るまで発車を遅らす。  その時その老人の脳裏に微かに過去の記憶が浮いてくる。 一この若い男は私の息子ではないか・・・一 老人は目を疑い動き出す電車のドアを見る・・・しかしその若い男は彼の息子とは違う はず。 彼の息子は太平洋に抱かれて眠っているのだ。  老人は駅を降りる。そしてそこには彼の愛妻の老婆が彼の帰りを待っていた。 「おじいさん、おかえりなさい。」 「今電車のなかで息子にそっくりな男を見かけたよ。この歳になって息子の幻を見るなん て。」 「おじいさん、何を言っているのよ。ボケちや困りますよ、息子はちやんといるじやあり ませんか。」 「そうだったか・・・、息子はまだ生きているのか・・・・、そうだちやんと生きている な。」 「おじいさん、まだボケてますよ!ほらちやんとして、息子が家で待っていますから。」  ・・・老人はふと気付いた・・・此処が見知らぬ町だと。 「此処は何処だったかな。」 「何言ってるんですか。 うちの人ったら自分が死んだのも忘れちやったんですか、ほらあ そこを見てごらんなさいよ。」そう言って妻はホームの方を指差した。  そこには私が倒れていた。駅員と数人の男が私を取り囲んでいる。  そうか・・・、妻は空襲で死んでいたのだ。  その時道の方から声がした。 「お父さん、お帰りなさい。」 と、 それはまさしく彼の息子であった・・・ 93/6/10