西暦換算3491年12月 一面真っ白に積もる雪 狐の足跡が森へウサギの航跡を追っている。 私の名はラク・コスチ いつもこの木の下でワインを空かす。 その日は朝から、猟銃を担ぎ足跡を追った。 この家も4年目の冬越しだ。 最近すこし胃が重く感じてきた。 収穫もなく家に戻ったのは14時頃だった。 12月4日 今日はものすごい嵐だ。いくら薪を焚いてもまだ足りない。 今日は暖炉のある居間のソファーで眠りに着いた。 15時だというのに外は真っ暗だ。 リーヤの写真を見ながら紅茶を飲む。 彼女の形見のこのティーカップも渋が溜まり暗く。 何かが肩にのしかかっているような錯覚をする。 このごろしばらく見なかったリーヤの夢を見る。 何故かこの家のキッチンでタラゴンビネガーを作っている。 だがリーヤに触れようとするとそこから消えてしまう。 もうひとつ見る夢がある。 この丘のある平原の南の端から黄金色の小麦畑の中を滑るかのように丘に近づき、 そして丘を通り越し、北の天へと昇ってゆくのだ。 12月23日 この冬初めて医者に行った時、胃癌だと言われた。 まだ程度の軽いものだが、手術で直ると言われたので安心していた。 しかし、これからどうすればいいのか判らなくなった。 此処へ来る人もここしばらく無い。 隠居するにはいい環境だが、その昔第一線で戦っていた私でも孤独にはそうたやすく勝てない。 この地に身を沈めるのか・・・まあそのつもりでここへ来たんだ。 いつかリーヤが言っていた。 「この平原に来たものは全ての恐怖を忘れる。」 その言葉に半信半疑ながら希望を抱いた。 私は恐れていた。得たものを失うことを。そう。死を。 いつからだろう。リーヤと出遭ったときからか? 至福の裏返しに恐怖も共に大きく成長していくのを感じた。 でもなぜだろう。 この丘に来てから、リーヤを失った悲しみはあるが、 恐怖というものはとんと感じなくなった。 そう感じたとき、やはり噂は本当なんだと思った。 このときもう悟っていたのだろうか。 自分の命の尽きかけているのを恐怖も無く察知していた。 1月9日 妙に腹が痛む。 西の森へ闇が逃げてゆく。 年が明けてから、日が経つにつれ物がのどを通らなくなり、徐々にやせてきた。 翌日病院に行ったが、先のときにもはや手遅れだとわかっていたのだろう。 医者は神妙に告白し、ひとつ選択を示した。 もちろん、入院することは拒んだ。この丘の家で朽ちるのを望んだからだ。 11日 夢を見た。 東の森の。そのまたずっと東の町から、リーヤと共にオランジスタンクを目指して、馬車を走らせている。 途中小さな町を通過した。そこにはおびただしい死体が西に向かって続いていた。 その町で痛々しい銃傷を負った女性から一本の苗を貰った。するとその女性はその場で息絶えた。 そしてそのまま西へ馬車を走らせると、この丘にたどり着いた。 しかし、この丘には今とは違い砦が築かれていた。 だがその砦は大きく崩れ戦略上の意味を成していなかった。 周りには一際多くの死体があり、大地はその血で真っ赤に染まっていた。 すると貰った苗がうねりだす。 私たちはその場に貰った苗を植えた。 その苗はみるみる大地に染みた血を吸い、今ある欅の姿となった。 私たちは丘を後にし、一路オランジスタンクへと向かった。 翌朝目が覚めた。 何か神聖なものを感じるかのように朝日の差し込む光芒を見た。 酷く体の自由が利かないのだろうが、痛みを感じない。 むしろ、全ての五感が消えたように・・・ ためらいも無くベッドから抜け出す。 クローゼットに向かい、軍の礼服に着替えた。 そして、一本。特上のワインを持ち出し、欅の元へ向かった。 昨夜の新雪に一歩一歩。だが、寒さも何も感じない。 耳鳴りもしないまったくの静寂。 そして欅の袂に身を投げ打つ。 自分がどんな格好でその場にいるかすらわからない。 一口ふくむ。 失われていた五感のうち味覚だけが至福を呼ぶ。 ただただ無限の至福が私を支配する・・・・・・・・・・ 原作:1993頃 清書:1993/10/29 編集:2005/12/27