リベリオン ウィズ グリーンヒル 逃避 西暦換算3493年 ブラノスフの完成、それは私にとって長年の夢。 彼女は私の妻、そして、母。その全ての思い出。 独立戦争のとき、母は宿舎で働いていた。そこヘスヴェトのロケットが・・・、 その時から、私は変わった。 スヴェト共和国を揺るがす為に出生証明を偽造し、この研究所に紛れ込んだ。 そこからは独学でバイオテクノロジーを学んだ。そして、その成果でもある。 ブラノスフ、それは亡き妻の名。 妻は、町で起きた暴動に巻き込まれ、鎮圧に出た治安部隊の銃撃に伏した。 私は完全な鬼となった。 ブラノスフの遺伝子は妻をもとにしたもの。 そして、理論的に言えばクリンガーよりも優れている。その上、これを最後にこの計画ま凍結される。 そう、これ以上の物を作れなくなるのである。これは私の工作である。ただでさえ経費のかさむ研究で、 その上研究施設の火災と来れば上の諦めも着くだろう。 ただ、一番難しい「知育」が残っている。 細胞一つから肉体年齢十七、八歳まで十五年掛った。その間、必要な「知育」を行ってきた。 精神年齢としては十三歳くらいだろう。 そしてその日。軍が進めた内偵で、私が52生まれだと発覚した。 元々、その日が来るのは判っていたが、予想よりも早かった。 ブラノスフの「知育」がまだ終わっていない。 私が殺されたら、彼女は不完全なままの悪魔になってしまう。 ・・・どうやら、監査官が来たみたいだ。 急いで金品を持ってブラノスフの元へ行く。ブラノスフと逃走するためだ。 52へ逃げ帰れば、やつらも追ってこれない。いざというときのための手回しもしてある。 ブラノスフは庭で指導師から教育を受けていた。 私は、指導師に発した。「ついにこの日が来た。」 察した指導師が研究員達に報せに行った。 この時の為。  ブラノスフを連れ、車庫に向かった。  ブラノスフは恐怖に怯えていた。出来るだけブラノスフに戦闘を見せぬように心がけた。 資料室の方で爆発が起きた。機銃の音が響く。  装甲車に乗り込み裏山に向かおうとした。  だが、既に車庫にはスヴェトラーナが私達を待ち受けていた。 「どけろ、スヴェトラーナ。お前に関わっている暇はない。」 「ショウニン・カイスル。ゲオルク・ガイスラーを名乗る者よ。」 「私の使命はカイスルを連行すること。もしくはそれに応じないときに抹殺することだ。」 「自分の産みの親を殺す気か。」 「私の親はスヴェト、そのスヴェト裏切った貴方に親呼ばわりされる筋合いは無いはずだ。」 「くっ、・・・・・」 「それが ブラノスフか・・・ まだコドモだな。」  その時、ブラノスフが何かに操られるかのように。 ふらっと、スヴェトラーナの前に歩み出た。 「もう戦える準備が出来ているのか?コドモのくせに私に向かってくる気か。」 「あなたは、自分の親を殺せるの。親が自分の子を信じられなくなるのよ。」 「こいつは出来そこないか。ええ、カイスル?」 「ブラノスフ。止めろ、お前は閾っちやいけない。」 「闘え、闘え。閾う喜びを知ろうじゃないか。」  ブラノスフの目が変わった。  私はブラノスフがスヴェトラーナの様に成るのを恐れていた。 「親は自分の子供を殺せない。なら子供が、その兄弟を殺す。」 「あっ、ああっ。やめろ。」懇願するように叫んだ。  その時激しい痛みが私を襲った。スヴェトラーナの放った弾丸が右脇腹を貫いていた。  その痛みにその場に伏せてしまった。 「くっ、外したか・・・」 「お父さん・・・」 「ふん、お父さんか・・・・いい呼ぴ名だな。この娘のせいで弾がそれたんだ、娘に感謝するんだな。」  ブラノスフが私の元へ駆け寄ってきた。そして、脇腹に手を当ててくれた途端痛みが消える。 「まさか、覚醒・・・」身の毛がよだつ。 「ゆるせない、貴方は・・・」  スヴェトラーナが退いている。次の瞬間、 「が・・・。 うあ一一一」  スヴェトラーナの悲鳴だ、  うずくまった体勢で目を離した隙に、スヴェトラーナの右腕が消し飛ばされていた。 うずくまり、苦痛に歪んだ顔が醜く映った。 「ブラノスフ、とどめはいい。今の隙に車に・・・」 「はい、少し待ってください。」 そう言うとスヴェトラーナの側に行き、スヴェトラーナの右肩に手をあてた。 するとスヴェトラーナのうめき声は消えていった。 「行きましょう。」 冷やかな掛け声は、いつもの声と明らかに異なっていた。 すぐにクリンガーがスヴェトラーナを手当をしに駆けつけてきた。 「ガイスラー。貴方だけは敵にしたくない。早く消えてくれ。今、東の警備が薄い。」 「済まない、クリンガー。」 クリンガーが救いか。彼だけは未だに私への忠誠心が強い。 トラックに乗り込み、東の門を突破し逃避行が始まった。 きっと私達は別容疑で手配される。何せ国民はこの研究を知らないのだから。 そのひと月後、54に脱出した。 54を経由し、52に着いたのは三ケ月後だった。 17年ぶりにこの国へ帰って来たが、身の寄せ所が無かった。生家はすでに無く、親戚も居ない。 ふと思い出した。 幼少のころ世話をしてくれていたおばさんの所を尋ねることにした。 当時、彼女はサラムに住んでいた。 あては無いが、一応サラムまで行くことにした。 52からオランジスタンク行き列車に乗り込んだ。 町の様子は、出国したときと様変わりしていたが、車窓からの風景は当時のままだった。 あまり当てのない逃避行だが、52へ帰ってきたのはある男に会うためだった。 私がスヴェト共和国に進入するためのきっかけを与えてくれた本。それをその男に預けている。 50の独立に参加したとき、戦利品の中からフルト神話の本を見つけてきた。 それには、ある科学者のメモが挟まっていた。スヴェト共和国が52の独立を嫌ったのはその研究のためであった。 フルト人・・・その正体を。 前世が滅びようとしたとき、先人たちは次の世を切り開く人を作ろうとした。それがフルト人であった。 当時の最新の遺伝子工学に基づき、免疫力や身体能力、知覚知能といった人の持つ能力をより強化された人間。 しかし、生命の覚醒を起こす禁断の力をも引き出してしまった。 それは、優れた後世の人としてではなく、優れた兵隊として超大国が用いてしまった。 皮肉にも、自らが生み出したフルト人によって、前世は滅びた・・・ しかし、後世をよりよく築くはずだった、フルトの遺伝は劣勢遺伝であり、 常人と交われば、常人と同じ身体能力の子供が生まれた。 そして世代を重ねるごとに、血は薄まっていった。 だが、幾重にも枝分かれした末端であっても、フルトの遺伝の片割れを持つものがおり、 偶然片割れを持つ者同士が結ばれ、さらに1/4の確立で生まれた者は、 フルトとしての覚醒をする可能性があった。 そして、後世の歴史上最初にフルトとして覚醒したと思われる人物が、 イーロを統一し、アルトゥル王国を築いたかのライヒャルト一世こと、エスト王であると・・・ それ以降、度々歴史の舞台にフルトの覚醒児と思われる人物が登場する。 多くの信奉者を集めた、スヴェト建国の英雄アガフォン・ラージンもそうだと言われる。 この事実を知ったフリーチェ率いるスヴェトは、意図的にフルトを覚醒させる研究を始めた。 まずはフルトが覚醒したと言われる人物の遺伝情報を親族のかたっぱしから集め、 その中から、フルトの遺伝子の特定した。 そして、人権を無視した、意図的な交配・・・、人工的な受精。さらに、クローニング。 私はその研究成果から、我妻がフルトの片割れを受け継いでいることを知った。 そしてあの研究所に潜り込んでからは、彼女の遺物と、覚醒したフルトの遺伝子からあらたな卵を作る研究に没頭した。 何人もの実験児の命、そして代理母の命。それらを犠牲にし彼女は生まれた。 全ての生命発生の摂理を踏みにじり、生まれた命なのだ。 数時間後、サラムに到着した。降りる人は少ない。 サラムはカラム鉱山労働者の住宅地として開拓された。最盛期は数万の労働者が生活していたそうだが、 カラム鉱山の採掘規模が縮小されてからは、町はめっきり寂しくなった。 駅前の役所で彼女の所在を尋ねた。あり難いことに彼女はまだ花屋を営んでいた。 早速彼女の店に出向いた。 「いらっしやいませ。」 老女の声がした。 「あんた、サヴァンスおばさんか」 「懐かしい名で呼ぶねえ、よその国の人かい、」 「覚えてないだろうな、ほら、カイスルだよ、三十年程前、子供だったとき、ほら・・」 「ああ、スヴェトに行った、あのカイスルか」 「そうだ、覚えていてくれたか」 「だが、十何年も会っていないと、顔が分からんな。」 「あんたも、歳こいて・・」 「はははっ。誰しも時には削られるもんだ。」 「懐かしい、」 何故か少し、涙が染み出てきた。 話は時のギヤップを埋めてくれた。 彼女は俺が子供の頃、家庭の都合で色々世話になった。 俺が生まれる前は、ローニストの社交界で名の通ったフラワーアレンジメンターとして活躍していたそうだ。 引退後、故郷のこの地に店を開いたそうだ。 彼女はブラノスフに気づき、 「後ろの娘は」 「ああ、私の娘さ。」 「母親はどうしたんだ。」 「・・・国に置いてきた。」 「何だ、どうしたんだ?」 「あまりこの娘の前で言わないでくれないか。」 「あぁ、すまないねえ。立ち入ったこと聞いてしまって。」「で、その娘の名は、」 「ブラ・・、ブラノスフ。」 ブラノスフは私の反応を窺いながら小さく答えた。 「変わった名前ね」 「そうかな。スヴェト風の名前だからな。」 「何歳だい?」 「・・・15歳」 頭の中で、指折りをするくらいの感覚を置いてブラノスフは答えた。 「それはともかく人を探している。名はラク・コスチと云って俺の元部下だ。」 彼女は黙ってしまった。 「知っているのか、彼を・・・」 「・・・もう故人だよ。二年前に・・・」 「,・・・・そんな、奴が・・」 一瞬の絶望がよぎり、 そして面識の無いはずの彼女が彼を知っていたことに驚かされた。 「でも何故彼を知って?」 「私のところで働いていたリーヤと云う娘がいてね。 小さいころ彼女は身寄りがなくて私が給仕していた施設で面倒を見ていたんだよ。 大きくなってからもしばらく孤児院の給仕なんかをしてたんだが、その娘がコスチさんと結婚したんだよ。」 自分の知らない、コスチのその後の人生を聞き、改めて時の流れを感じた。 「なら、その人に会ってみたい。」 「ごめんね、それも、無理なんだよ・・・」 「では、その人も。」 「馬鹿だよ、私より先に行ってしまうなんて。」 「可愛そうだよ。私が代われるなら代わってやりたかったよ。」 暫く、耽っていた。 「そうか・・・、だが、私は彼が持っていたものに用が有るんだ。出来れば彼の住んでい たこ所を知りたい。それに、この娘と暮らす所も欲しいから。」 「確か、セヴェルにコスチさんの親戚で、ロゼエカ・マルトールさんて方がいるはずだよ。 その人から、訃報を教えてもらったから知ってるんだけど。」 「彼に会うにはセヴェルに行かないと。」 セヴェル・・・セヴェルはこの52の東の端にある町だ、・・・そんな遠くに彼は・・・ 「次の列車で間に合うだろうか、」 彼女が時刻表を取り出して来た。 「もうすぐオランジスタンク行きが来るから、それに乗ったらチェルノビリニクへの夜行バスに乗れるはずだよ。」 「有り難う、じゃあそろそろ出かけるよ。食事もしないといけないしな、」 「気をつけて。それから、落ちついたらまた来ておくれ。」 「ああ、あんたなら後百年は生きそうだからな。住処が決まったらまた連絡しに来るよ。」 サラムの駅から次の中継駅カラムで特急列車に乗り換える。 オランジスタンクについたのは日の暮れた頃だった。 夜行バスに乗り込み、チェルノビリニクへ向かった。 翌朝、さらにセヴェルへのバスに乗り継ぎ セヴェルに着いたのは昼前だった。 町の警察署でマルトールの住むところを聞き、そして、彼の家に赴いた。 彼にサヴァンスおばさんから貰った紹介状を見せた。 「ああ。あいつの親友か、なら信用できるな。」 「私としては、彼の残した資料に用があるんですが、彼の住んでいた家を教えてもらえないでしょうか?」 「あと、もしご存知なら、このあたりで滞在できるところを都合付けていただきたいのですが。」 なんてことだ。という表情でマルトールが答える。 「ふ。あの家はお前が受け取れ、誰も気味悪がって住もうとせんからな。」 なんと以外な返答だった。初見の男にいきなり家を受け取れとは・・・ 「ありがとうございます。済まない、丁度家を探していたところだったんです。」 「これは、ラクからの遺言だ。あいつもカイスルさんが来るのをずっと待っていたそうだ。 で、最後の頃、俺に あんたが来たら、家を譲って欲しい とな。」 「あの家は主亡き後ほとんどいじられていない、きっと捜し物も見つかるだろう。」 そして、マルトールに緑の丘の家を案内してもらう。 「もう2年間主がいない。」 「年何回か来て、荒らされていたりしてないか確認しているが、食料以外の必需品は一通り揃ってある。」 「ありがたい・・・・。 コスチよ。」 「この写真が・・」壁に掲げられた2つの遺影・・・ 「ここが書斎・・・で、ここが本棚。」 書斎はひときはきれいに整理されていた。本棚の前に立ち、一番に目に入ってきた。 その本だ。 それから、ブラノスフの知育をかねてその家での生活が始まった。 原作:失念 清書:1995/1/1 編集:2005/12/30 加筆:2006/1/5 この話は、カイスルがブラノスフと逃走したときの道筋であろ。 カイスル 本名 ショウニン・カイスル 3443/09/10 52領コートゥーク生まれ。 3496/12/25没 フレイミー・サヴァンス Flamy Savance 生:3417/12/14 没:3501/07/26 サラムの住む老女。フレイミーは通り名。 若い頃はスヴェトにも名が伝わる程有名なフラワーアレンジメンターとして活躍。 スヴェトの芸術表彰を受けたことも。 引退後は施設での給仕などを行いながら、故郷サラムに花屋を開く。